SSブログ

『歩いても 歩いても』 [Cinema]

※映画の感想・評論(もどき)の文章では基本的にストーリーに触れる部分があるため未見の方はご注意を。

2008年「歩いても 歩いても」製作委員会
原作・脚本・編集・監督:是枝裕和
音楽:ゴンチチ
出演:阿部寛/夏川結衣/YOU/高橋和也/田中祥平/寺島進/加藤治子/樹木希林/原田芳雄
評価:★★★★★

夏前に公開され、観たいと思っていたのに観に行けないまま公開が終わっていたこの作品。少し離れたシネコンで1週間だけの上映があったので観に行ってきた。

良かった。観て良かった。

本当にドラマとして何か事件があるわけではない。むしろ淡々とした日常の風景が描かれるだけだ。ありふれた家族の約2日間。ありふれていないように見えるのはその家の長男が若くして死んでいるということだけだろう。でも家族の中の誰かの死があり、その命日に家族が集まってくるという光景はどこにでもあるはずだ。そういうおそらくは誰もが自分の経験の中でこういう状況あるよねと思ってしまう家族の生々しさが凝縮されて描かれている。まずはそのディテールに脱帽する。

しかもそういう細かい演出を、作為的に感じさせずにサラッと流して表現しているところがすごい。ベテランの役者陣が出演しているにもかかわらず、その辺の身近にいる家族のドキュメンタリーに見えてしまうのはなぜだろう。そしてドラマとしての盛り上がりが特にないのに最後まで飽きさせずに見せきってしまう映画としての強さにも感心させられてしまう。

ひとえに単にひとつのストーリーを追おうとする物語ではなく、日常風景の切り取りのように話される話題は細切れでどんどんと変わっていき、しかもその端々にその人物の過去生きてきた人生や性格が感じ取られる情報量の多さが画面に釘付けにするからかもしれない。

説明的なセリフもほとんどない。唯一説明っぽいなと感じたのはラストのバスの中での阿部寛の「いつもちょっと間に合わない」というセリフくらいだ。あとは本当に家族の中でいつも何となく交わされているような言葉。でもその裏にはいろいろな感情もあり気遣いもあり…。そういうところが本当にまるで自分の家の出来事にようにも感じられ、時に見ていて苦しく切なくなるような感覚にも襲われるのだ。

冒頭の料理をしながらの母と娘の会話もまるで自分の母と姉を見ているようだし、40近くになっても息子は子供でしかなく、なにかというと世話を焼こうとする母。写真を見て昔話をするとどうしてこんなことまで、と思うくらいつらつらと細かいことを覚えていて、しかも同じ写真でいつも同じ話題をする母。陽射しの強い日のお墓参りで、墓石に水をかけながら「暑かったでしょ」と声をかける母。大勢の中ではなかなか会話がぎくしゃくしがちなのに、1対1になると相手を気遣って実は心配に思っている父。いる時は愛想良く会話しているので仲良さそうに思っても、いなくなると結構辛辣な会話をしてしまうのも家族という安心感からか…。

ドラマの盛り上がりが特にないと書いたけれど、あえて言うなら部屋に紛れ込んできた紋黄蝶を死んだ長男だと思って追いかける樹木希林の姿はこの映画のピークだろう。あの場面はそれまでの母の姿から一変し、阿部寛演じる息子と同様見たことのない母の姿に驚き動揺されられるのだ。そして死んだ長男によって助けられた海でおぼれた子供が命日に線香をあげに毎年きているのだが、その相手に投げかける言葉も、どうしてそんなことをするのかという想いも、普段は明るく振る舞い表に出ないが息子を亡くしてしまったという悲しみの強さが深く刻み込まれているのだと言うことを物語り、涙が自然とあふれ出してきた。

親の老いを感じる瞬間ってどういう時なのか、たまたまはなった言葉の鋭さから感じる普段見せない親の想い。そして何気なく交わした約束は、また今度と引き延ばしているうちに果たせなくなり、その相手は死んでいなくなってしまう。それでも家族の営みは日々の暮らしを過ごしながら着実に前に進んでいく…。

なんだかいっぱい書いてもあんまりこの作品で感じたことを整理して書くことができないもどかしさを感じている。しばらくじっくり映画の空気をかみしめていたいと思う…そんな良質の日本映画である。
 
歩いても歩いても

歩いても歩いても

  • 作者: 是枝 裕和
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 単行本


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。