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今年も「24時間テレビ:愛は地球を救う」 [TV / Entertainment]

8月末恒例の「24時間テレビ:愛は地球を救う」が現在放送中。今年は嵐がメインパーソナリティを務めている。

最近特に人気の高まってきた嵐であるし、バラエティ出演も多いので、司会ぶりには特に気になるところはないし、好感度も高く番組をうまくまとめていると思う。同じ事務所のKAT-TUNの時よりはるかに見ていて安心できる。

しかしその番組の内容たるや3年前に書いた記事から全く進歩しているようには感じられない。あくまで推測だが、恐らく番組制作者たち、というか日本テレビ自体が、この方向で間違いはないと確信しているか、あるいは「ここが問題だ」と指摘したり、改革に手を付けることが社内的にタブーとなっているような状況なのであろう。

やはり気になるのは深夜時間帯のバラエティドタバタ番組である。チャリティ番組には全く不釣り合いなあの時間帯のコーナーがあるだけで、局がこの番組を真摯にとらえていないのではないかという疑念が消えない。

またつい先ほどであるが、嵐の二宮和也が脳に重い障害をもつ女の子とそのお兄ちゃんのレポートをしたコーナーの終わりしなに、妹のために曲を作ってくれた二宮に対して手紙を送ってくれたそのお兄ちゃんに、ほとんどの出演者は「○○くんありがとう」と、気持ちとしては手紙をわざわざくれたことへのお礼を言っていたのに、久本雅美だけが「感動をありがとう」なんて言っていた。

障害者を抱えた家族は、別に健常者の人たちに感動を与えるために生活しているわけではない。大変だけれどもあたりまえの日常を過ごしているだけだろう。それをけなげで感動的と思うかどうかは受け手の問題だし、テレビでレポートする以上、なにがしかの意図と演出が入っているといってもいいだろう。しかし表向きはこういう病気があることを知って欲しい、とか、障害がある人が特別な存在というのではなく当たり前のように社会に受け入れて生活できるようなそういう社会になって欲しい、という思いや願いもあって、そもそもこの番組はあるのではないのか。

それなのに主演タレントが「感動をありがとう」などと言ってしまってはしょせんはお涙ちょうだいのための番組だと自ら暴露しているようなものではないだろうか。もちろんこの言葉は番組制作者の意図とは異なり、そんな言葉を口走ってしまったタレントの人間性の問題であろうが。なにか偽善的だと揶揄される一端はこういうところにも現れるのかなと感じざるを得ない。もう少し出演タレントについても気をつかったらどうだろうか。

と、あんまり文句ばっかり書いていると、なんだか細かいところをあげてそこを指摘したいがために見ているような感じにもとられそうだなあ。言うだけで何もしないよりも何かしているということと、この番組を少なくとも31年続けているということはいいことだと思うんだけど。
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